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大阪府立国際児童文学館について@テヅカ的徒然  【テヅカごと】
日参している、宮本大人氏のブログ(ttp://d.hatena.ne.jp/hrhtm1970/)
にて読んで愕然、ええーーーっ!?と思ってたニュースが
マイミクののりみさんのブログでも取り上げられてましたので
微力ながら、ここでも紹介させて頂きます。
   ↓   ↓    ↓
大阪府立国際児童文学館存続のお願い!


残念ながら、私自身はまだ行けた事が無いものの、
いつか行って、あれやこれやの資料を堪能するのだー と
夢を膨らみに膨らませていた場所なので、
老後のささやかな楽しみのひとつをお上に奪われるのは、何卒ご勘弁です。

…と云う個人的感情などよりもまず先に
やはり、”文化”と云う大きな視点で、ひしひしと危機迫る問題なんだな、と
件の記事を読んでいて思わされますね。嗚呼、世知辛い。


どこまでも手塚脳な人間なので、以下、手塚視点な事を云いますが。




例えば、

手塚FC京都さまが、「少年クラブ」版「ロック冒険記」復刻 と云う
素晴らしきお仕事をして下さった際に寄せられた、夏目房之介氏のお言葉…
「…こうした市井の愛好家による地味で苦労の多い復刻作業が
 今後日本の戦後マンガ史に論にどれほど寄与するかはかりしれない」
…に切実に伺える、マンガ研究の面で”当時そのまま”を
観られることが、どれだけ欠かせない基盤なのか という点。

しかし、研究より何より以前にまず個人的一ファンとしても
”当時そのまま”を見たいんだーっと思ったところで立ちはだかる、
当時の雑誌のお値段と希少さと入手しにくさと云う、金銭的物理的な厚~い壁。
(この点は雑誌に限らず、「どろろ」の各種資料を、愛と熱意でコツコツと
 調べてまとめあげた、ぱやせさんの道のりを見てて余計に、実感しました。
 ホント、好きじゃなきゃ出来ない...)


手塚先生が亡くなられて十数年、その間に確かに
”当時そのまま”を見られる機会も増えてきました。
一愛好家が身銭を切って(涙…)して下さってた
貴重な復刻活動も、やっと大手出版社がして下さるようになってきた。
今年は生誕80周年という事で、いろいろと花盛りが期待できるでしょう。

それでも、限界がある。

個人のかけられるお金、企業原理、需要と供給。
哀しいけれども、しょうがない。

だからこそ、”公共”にこそ、それを担ってほしい
と云うのが人情ではないですかーっ。

一昨年の年末に書いた記事の心情が今もそのまんまなので
コピペしておきます。
 ↓  ↓  ↓
ありえないくらいの作品数で、
ありえないくらいのバージョン違いが存在する手塚作品。
だからこそ、その読み比べをする愉しさが、奥の深さが、
生まれた年代によって限定される特権になってしまわないように。
ありのままに、当時のままに読む、その幸せを、
全てのテヅカファンが味わえるように。
ファンとして、ちょっぴりウキウキすることの多くなる
これからの年を迎えるからこそ余計に、そう願わずにはいられないのです。


あの場所に行けばいつでもあの資料を見ることが出来る
…と云う安心感が与えてくれる精神的なものの価値は、
今すぐ行けるわけではない私のような立場の者の
不確定な未来においてすら大きいのですから、
ましてや、今現在あそこを活用してらっしゃる手塚スキーの皆さんの
忸怩たる思いはいかばかりかと… っと、想像したら泣けてきたっちゃい。くそっ。

ましてや、マンガ 研究 の方面ともなれば、
”当時そのまま”に読むーは、ファンの幸せどころの話じゃない、必須不可欠でしょう。
宮本氏のブログで、この施設の何が素晴らしいかって
同時代の種々雑多なメディアを「同時並行的に閲覧できる」点なのだと
指摘されてて、この方の今までの研究を思うと余計その言葉の重みを感じます。


昔、夏目房之介氏の手塚マンガ研究本が出版されたばかりのころ、
もちろん夏目さん独特の「絵」で読み解いてくマンガ論にも痺れたんですが、
先生がお亡くなりになった後のファン世代である私にとって
何よりも目から鱗で新鮮だったのは、
同時代の他作家の作品と手塚マンガを、同時並行的に検証した部分だったのでした。
あっちのマンガでこんなリアルな銃が描かれてる時に「火の鳥」の銃はこんなんか!とか、
あっちのマンガのこの雰囲気はカッコいいけど手塚マンガのここはこっ恥ずかしー とか
そんな リアルタイムならでは の違和感を
突き詰めていってひとつの手塚論に昇華してるのが、とても新鮮だったのです。
(※前に書いたこの辺の雑感は→【こちら】

で、今回の件で関連の記事を読み進めるにつけ
関東在住者では噂で聞く程だった、ここの蔵書の充実っぷりを思い知り、そして何よりも
「同時並行的に閲覧できる」って、なんて凄いんだ!と想いを深めさせられました。
「同時並行的に」だからこそ見えてくる何か、糸口、きっかけ、それら全てを
リアルタイムで読んでた人だけの特権に閉じ込めるのではなく、
若い研究者さんにも共有させることができる。
(いや、むしろ、若い研究者さんがリアルタイムの人と違う視線を持って
 同じ読書を行うからこそのモノもあるのかも)
何か思いついたアイディアがあっても、資料から確証することができなくて
その観点を捨てざるを得ない~ なんて事もない。
生まれた世代にも、資料収集に関する金銭的物理的限界にも
ほとんど左右されずに、誰もが自由に研究へのステップを踏むことができるのですよっ。
その事の文化的価値を認めずして何を見るっ。
ましてや、その基盤を”公共”が担う事こその価値たるや!

…と、あくまでも手塚脳で考えた手塚ファン的恩恵方面に
限定での想いですが、手塚以外のマンガ他児童文化についても
これは共通項なんでないかと。

05年末の「テヅカ・イズ・デッド」で受けた刺激と高揚感が
未だにおさまらぬままに、その後のマンガ研究の進展を
ウッキウキと眺めている一人の手塚ファンとして、
一マンガ好きも研究者さんも資料を活用できる拠点 と云うのは
ぜひとも存続してほしい、いや無ければならないのです。とぞ思う。←願掛けの崇徳院〆


なにとぞ、私がいつか行く時にも其処にそのまま在りますように~。
ナニワの頭の良識を祈るばかりです。

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 直球勝負が大好きです。
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