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11月3日に―79年目の手塚治虫雑感  【テヅカごと】



79年目の11月3日です。




表にも書いたですけど、
79年前のこの日、1928年の11月3日と云うまさにこの日に、
東洋初と云っていい本格的ロボット人形であり
「人造人間は科學と藝術の交流によつて成り出でねばならない」
と云う、一人の男の崇高な意志のもとに造られた
ロボット・學天則が、同じ関西の京都で
人々の前で動いて微笑んでいた と云う符合には、
本当に、本当に歴史の歯車の精密さを感じずにはいられません。
ああもうっ、現実はホンットにドラマよりドラマちっくだよっっ。


チャペックが「R・U・R」で創造した「ロボット」と云う語が
やがて東のこの国にまで伝わり、広まり、
ひとつの爛熟期を迎えようとしていた、そんな時代。

フリッツ・ラング版「メトロポリス」が日本でも公開され、
川端康成は詩人として、それをメフィストフェレスの
犬の名―黒牡丹(kurobotan)―の中に閉じ込めようとし、
海野十三は血沸き肉踊る科学小説を描き、
エログロナンセンスが流行の兆しを見せていた、そんな時代。

まさにその時代に、文化的な街の文化的中流家庭に
ひとりの少年が生まれ、それらに囲まれて育まれたという事実。


テヅカの周辺が「手塚100年祭」(手塚先生生誕70周年+虫プロ創設30周年)
で湧きかえっていた9年前は、テヅカ関係出版でも
豊作ざっくざくな幸せ年でしたが、特にその年に出た
「誕生!手塚治虫」(霜月たかなか編集)は、
各方面研究者さんの成果が一同に集約された研究本で、
今読んでも、ドキドキするような示唆と刺激に満ちてます。

この本で提起された
【戦前の豊かな文化を吸収し、そして
 敗戦で一度すべてリセットされた戦後日本に
 それらを伝える役割を果たした、手塚治虫】
と云う手塚先生像、
歴史の流れの中での”手塚治虫”と云う人物の
その捉えかたが、とても好きです。

手塚先生を「神聖ニシテ侵スベカラズ」な位置に
閉じ込めるのではなく。
しかし、事実として存在するその影響力に抗おうと
するあまり、激しい言葉で振り払おうとするのでもなく。

冷静に、客観的に、検証していく研究者さんたちのその姿勢は
かえって、”手塚治虫”と云う人が負った役割の重さと深さ、
そして歴史の歯車の美しさを浮かびあがらせます。

歴史と云うのは時として、そのように、
たったひとりの人物に”時代”を集約してしまうのだ と、
そんなどっかの本の台詞のようなことが、思い浮かんでしまう。

戦前文化の豊かさを知るにつけ、
手塚先生のお仕事への検証が進むにつれ、
その想いをますます深めていった、
振り返ればそんな9年間だったと思うのです。


正直なところ、自分にとっての【手塚治虫】を
一言で云い表わせと云われても、はたと困ります。
あまりにも、自分の嗜好すべての土台であり、
自分の思考の原点であるから。ありすぎるから。

好きかと問われれば、大声で大好きだと云える。
しかし、それで正解かと問われれば、完全ではない。

もはや好きとか嫌いとか、そういうモノすら
超えてしまってるような位置にいるのが、
私の中の手塚先生の位置なのです、きっと。


だからと云ってけっして、先生を神聖視しているわけではなく、
だからこそ上述したような、歴史の流れの中での”手塚治虫”、
その位置を冷静に捉えたいと思うのです。
それこそ、完全な正解が無いものだとしても。


一昨年出版された「テヅカ・イズ・デッド」の
静かで力強い言葉たちの興奮も冷めやらぬまま、
ついに復刻される「新宝島」の発売を間近に控え、
もうすぐ迎える、手塚治虫生誕80周年の2008年を前にして、
今年もまたそんな気持ちで、昭和の初めの
かの日に想いを馳せるのです。

その時代に生まれるべくして生まれたひとりの人に、
数年だけ生きる時代が重なれた幸運に感謝する、
ひとりのファンとして。

平成の世の、11月3日。


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■からくり
 直球勝負が大好きです。
 でも変化球も好物です。  
 
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